2025.2 卒業生の石田さんの論文が掲載されました

本研究室卒業生の石田元彦さんを筆頭著者とした論文が出版されました。おめでとうございます! 
本論文は、Molecular Biology of the Cell誌の「Editor’s Highlight」に選ばれてます。

 Authors: Motohiko Ishida, Masahito Uwamichi, Akihiko Nakajima, and Satoshi Sawai
 Title: Traveling-wave chemotaxis of neutrophil-like HL-60 cells
 Molecular Biology of the Cell (2025), 36(2), 36:ar17, 1–20
 DOI: 10.1091/mbc.E24-06-0245


以下、論文の内容を解説した、澤井先生のXの投稿から・・・。


好中球様HL-60細胞が、fMLPやLTB4の“進行波刺激”に対して一方向的な運動を示すことを発見。これは粘菌細胞のcAMP波応答と非常に似ています。

背景
好中球は傷口や感染部位に集まり(swarming)、炎症の拡大を防ぎます。
このとき細菌由来のfMLPや、好中球自身が放出するLTB4が「誘引シグナル」となり、細胞の進む方向を決定します。
しかし、集合するには「遠くの細胞にいかに信号を届けるか」が課題です。 分子は拡散で広がるけど、すぐに薄まってしまい、近くの細胞にしか届きません。
粘菌では、cAMPを“波”としてリレーすることで遠くからの集合を実現しています。 好中球にもそんな仕組みがあるのでは?が研究の出発点です。

研究内容
今回、石田さんはfMLPやLTB4の進行波を人工的に作り出し、好中球様HL-60細胞の応答を詳しく調べました。
その結果、波の速度によって細胞の応答が大きく異なることがわかりました。

 ・速い波 → 方向バイアスなし(そのままの運動を細胞は持続)
 ・中くらいの速さ → 波の前面では一方向へ移動、背面ではバイアスなし
 ・遅い波 → 前面・背面どちらでもバイアス → 往復運動

 

さらに、中速波の背面で無反応なのは、誘引濃度の減少と考え、波の前後を逆転させた刺激を使って検証しました。
Cdc42という分子が前端形成に関与しており、その活性変動が波前面の応答パターンと強く相関しています。Cdc42を阻害すると、前面への応答が強く抑制されます。
一方、ROCKを阻害すると、遅い波の背面での応答が減少します。

 ▶ 波の前面 → Cdc42(前端駆動)
 ▶ おそい波の背面 → Rho(後端駆動)

という二つの仕組みが異なる時間スケール依存性をもつことが、この応答の非対称と関わっています。

もし、LTB4の“リレー波”で好中球が集まっているとすれば、その波の伝播速度が重要になります。
実際、ワイナーラボが報告したヒト好中球のLTB4依存的カルシウム波の速度は60–120 µm/min。今回の実験結果(95–170 µm/min)とよく一致しています。
では、波が遅くなるとどうなるか? 細胞は背面で向きを変え、波を追って集合中心から離れていく動きになります。
炎症終息時に観察される「reverse migration(逆行性移動)」は、 波速度が低下することで生じる可能性が示唆されます。
細胞の方向決定には、リガンドによる受容体の占有率の空間的勾配(dC/dx)の読み取りが関わっています。
一方、波の前面・背面を見分けるには、時間的変化(dC/dt)が必要です。これまで有力だった「パイロット仮足」モデル(dC/dt = dC/dx × dx/dt)は、今回の結果から否定されました。
一方、刺激の到達時間差によって細胞前端ができているなら、それを支える大域的な抑制機構が必要です。それが

 ・張力伝播
 ・分子拡散

によるのかについては、どちらも今回の時間スケールと一致しており、この点は今後の重要な研究課題です。

粘菌と好中球は進化的に非常に遠い存在ですが、今回の「波への応答」は粘菌で報告されたものと非常によく似ています。
同じ「集合」という目的のために、似た仕組みが使われている可能性はとても興味深いです。
逆に、こうした波応答は、貪食や忌避など他の行動ではどうなるのか? 時空間パターンの種類はいくつあって、それぞれどうやって分子回路で“実装”されているのか?問いは尽きません。。。

まとめ
・好中球様HL-60は進行波刺激に対して速度依存的に移動方向を変える
・これは粘菌のcAMP波への応答と類似
・波の前面背面でCdc42 vs Rhoの依存性が異なる
・LTB4波とその速度が好中球の集合や離脱のスイッチとして働くかもしれない
・時間情報の利用は細胞運動の進化の理解に重要